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※この記事は『インターネットマガジン2005年3月号』(2005年1月29日発売)に掲載されたものです。文中に出てくる社名、サービス名、その他の情報は当時のものです。

 

[リニューアル記念海外特別インタビュー]
コンピュータ、
デジタル・パラダイムシフトの預言者、
そしてルーツ通信、
放送、すべてが融合を始める今だから。
D r . ダグラス・エンゲルバート

37 年も前に、いま我々が日常的に行っているデジタルコミュニケーションスタイルを考案し、具体化して見せた研究者がいた。彼はなぜそれを志したのか、どんな方法でそれを実現したのか、そしていま何を考えているのか。現在のパーソナルコンピュータやインターネットを含めたデジタルイノベーションのルーツ、Dr.ダグラス・エンゲルバートを、米国シリコンバレーに訪ねた

聞き手:塩田紳二
Photo:Akiko Nabeshima
Produce:編集部&山崎敦史

 

レーダーと同じように

――最初は、電気関連のエンジニアとしてキャリアをスタートさせたとのことですが、コンピュータに出会ったのはいつ頃でしょう?

25 歳の頃、プロフェッショナルとしてのゴール、つまり自分が何をすべきなのかということがはっきりとしていなかったので、いろいろなことを調べるようになりました。その中で、世の中の様々な問題に気が付き、これを解決するにはどうしたらいいのかと考えるようになったのです。

1950 年の3 月のある土曜日の朝、世の中のさまざまな問題を解決するには、それぞれが独立してやるのではなくて、「集団的」に行う必要があるのではないかと思い付きました。では、どうすれば、問題解決を「集団的」に行うことができるのか? それを見つけることを自分のキャリアにできないかと思いました。

戦後、大学を卒業し、まだ、2 つか3 つぐらいしかコンピュータがない時代で、「巨大頭脳」などと呼ばれていたので、それに興味を持ちました。これを使って自分がやろうとしていることに関して、何かできるのではないかと考えました。

――コンピュータを「道具」として使うと考えたのもそのころからですか?

そう、そのとおりです。海軍では、レーダーの技術者として教育を受けました。レーダーは、装置を人間が操作し、装置が遠方のものを検出して、これをスクリーンに映し出します。コンピュータ自体を深く理解してはいませんでしたが、同じようにコンピュータを操作して、スクリーンにさまざまな情報を表示させることができるのではないかと思ったのです。そして、複数のレーダーが共同して連絡を取り合いながら探索を行うように、それぞれのユーザーが、自分のコンピュータのスクリーンを見ながら共同して作業をするというイメージを持ったのです。

――具体的にはどのような形で研究をスタートさせたのでしょう?

カルフォルニア大学バークレー校の大学院でできたばかりのコンピュータサイエンスの研究室に入り、その後SRI に入社しました。ここならば、自分のアイデアを売り込めると思ったのです。

SRI での最初の1 年は、政府機関からの委託研究として行いました。さまざまな対話用の表示装置やマウスやトラックボールといったポインティングデバイスを研究しました。たとえば、どんなデバイスなら、画面上の対象をすばやく指定できるか、どうすればすばやい入力が行えるかといったことです。当時のコンピュータは、いまから比べるとかなり遅いものでしたが、それでも、スクリーン上でテキストを編集するインタラクティブなエディターを作ることが可能な程度にまでは処理速度が上がってきました。

その後、1963 年にNASA やARPA からの援助が増えてきたために、実際にコンピュータを使ってシステムを作ることにしました。こうしてできたのがNLS です。

1962 年の論文「Augmenting HumanIntellect」は、あまりに現実離れしていたところもあったので、理解されず、上司からは研究所の名前を汚すと言われ、1年ほど研究所の仕事から遠ざけられていて、その後のことです。NLS が動き出してからも、我々の考えはあまり理解されず、なかなかメッセージが伝わらない状態が続いていました。それで、思い切って、多くの人の前でNLS そのものを公開することにしました。これが1968 年のデモで、大きな効果がありました。

能力を増大させる

――論文や研究室などの名称に盛んに使われている「Augmentation」とはどういう意味なのでしょうか?

私が1962 年に研究を始めたときに、コンピュータについては「Automation」という用語が盛んに使われていました。たとえば、「Office Automation」というようなコンピュータの使い方です。しかし、我々を取り巻いている状況は複雑になりつつあり、さまざまな問題をコンピュータを使って解決しようというときに、なんでも「自動」で行うことはできません。また、何十年もそのまま使えるような技術にはなりません。

そこで、Automation に対する言葉としてAugmentaiton ということを考えるようになりました。コンピュータを使って情報を整理、分析、あるいは伝達できるようになることで、人間の問題を解決する能力を「増大」させることができるのではないか。これが「Augmentation」です。

――NSL のシステムでは、ユーザーがプログラムを作ったり、NLS 自身を変更できるように作られています。これは、ツールとしてのコンピュータに必要なことなのでしょうか?

重要なのは、「可能性」や「素質」という意味での「Capability」です。この「Capability」をどのように構築するのかが重要なことなのです。そのためには、機能を向上させるための改良が可能なようにシステムを構築しておく必要があります。プログラミングにより、ツール自身を改良できるようにしておくことで、ツールとそれを使うユーザーはさらに高い段階に上がることができ、より高度な問題に対応することが可能になるわけです。

どんなに便利なシステムであっても、機能が固定されていれば、ユーザーとそのツール(システム)は、一定の段階にまでしか向上することができません。

階層構造とハイパーテキスト

――NLS はアウトライン構造を扱うことができましたが、これはなぜ必要だったのでしょうか?

NSL は、階層的な構造を扱うことができるようにしてあります。情報に対して、さまざまな見方を提供することが有効だと考えたのです。階層的な構造を使えば、たとえば、最初にトップレベル、チャプターの先頭行やセクションの先頭行だけを表示して、そこからさらに関心のある部分について、詳細なレベルへ入っていくことができるようになります。この機能を我々は、Flexible Viewing と呼んでいました。

このため、ドキュメントに対して階層的な構造を作ることができるようにし、そのための入力編集機能と、さまざまな見方が可能な表示機能をNLS に持たせたのです。

注)NLS では、アウトライン構造で作られたパラグラフに、数字とアルファベットを交互に使うアドレスが付けられた。たとえば、

  • トップレベル1 行目1
  • 下位レベル1 行目1a
  • さらに下位レベル1 行目1a1
  • さらに下位レベル2 行目1a2
  • 下位レベル2 行目1b
  • トップレベル2 行目2

となる。この例では「1」でトップレベルの1 行目とその下位レベルすべてを、「1a1」とすることでトップレベルの2 つ下のレベルにある最初のパラグラフを指定できる。

――それとは別にハイパーテキストというか、他の文書へのリンク機能も実装されてますが、これはどうして必要だったのでしょうか?

ハイパーリンクは、アウトライン機能とは別にまた必要な機能でした。ハイパーリンクで重要なことが2 つあります。1 つは、ドキュメントのどこに飛んでいくのかということと、どのように見たいのかということです。つまり、リンク先のアドレスと、その場所の表示方法です。

単なるドキュメントではなく、リンク先の指定方法を限定してしまわないようなやり方、ドキュメント内のすべてのオブジェクトを、最小の単位であるパラグラフのレベルから、セクションやチャプターといったレベルまで指定できる「Addressability」が必要だと考えました。文書内のどんなものにでもリンクできるような機能が大切なことでした(注)。

もう1 つは、リンク先をどのように表示するのかということです。アドレスを指定するだけでは、単に対象が表示されるにすぎません。これにFlexible Viewingを組み合わせることで、複雑なドキュメントであっても、自分の見たい形式で見ることが可能になります。

NLS では、コマンドの組み合わせで、リンクへのジャンプを表示方法を指定して行え、別のウィンドウに表示したり、表示したあとに元の文書に戻るといったことが可能になっています。

このようにすることで、複雑なドキュメントであっても、その中を自由に動き回りながら見ていくことができます。

――このような機能を持たせたのは、コンピュータを介して他人にドキュメントという形で情報を伝達できるように考えたからなのですか?

たとえば、本は情報を他人に伝達するためのものですが、その構造や見方は固定されていて、ユーザーが好きなように表示させることはできません。しかし、コンピュータを使うことで、フレキシブルな構造で、ユーザー自身が理解しやすいと感じる表示方法で情報を受け取ることができるようになるわけです。NLS はこのために作られたのです。

Collective IQ

――現在、Bootstrap Institute を主宰していらっしゃいますが、Bootstrap とはどういう意味で使っているのでしょうか?

Bootstrap の本来の意味は、靴紐を引っ張って、自分自身を空中に引き上げることです。Augmentation では、人間の能力を引き上げ、ツールであるコンピュータとともにさらに高い段階に上がるというプロセスを考えました。さらに組織、社会や国家といったレベルで「集合的IQ(Collective IQ)」を向上させることで、複雑で困難な問題にも対処できるようにしていく、そういう戦略をBootstrapと呼んでいます。

日本でも、1950 年代、工業製品の品質を向上させるために工場の人々がコミュニケーションしながら、いろいろと考えていく品質管理のやり方が行われました。このようなやり方で、組織としての問題解決能力が向上したわけです。私たちは、Bootstrap を行うためのさまざまな方法を考えています。