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CONTEXT

『アップルとグーグル』は、勢いのあるこの2社が接近することで、ネットビジネスの新しいトレンドを形成していくのではないか、という発想から生まれた。

同じように2004年に叫ばれていたのが、検索エンジンを中心に急成長を続けるグーグルとEコマース市場で地歩を固めていたアマゾンの脅威である。「この2社が1つになったら……」という発想で描かれた未来空想ムービー「EPIC 2014」は、単なるジョークだと理解しつつも多くのネットビジネス関係者がストーリーについて議論し、考察を重ねた。

2008年は、EPIC 2014の中では未来として描かれている。現実はどうなったか、照らし合わせながら観ると、楽しめるのではないだろうか。

余談だが、本稿は日本語版字幕の翻訳をされた長野弘子氏の寄稿だが、日本語版制作には他にも三好伸哉氏や(現在はグーグルの)高広伯彦氏なども携わっている。

※この記事は『インターネットマガジン2005年12月号』に掲載されたものです。文中に出てくる社名、サービス名、その他の情報は当時のものです。

西暦2014年、グーグルとアマゾンが合併してグーグルゾンが誕生。ブログやSNSなどを通じて消費者が自ら情報を発信するメディア、いわゆる「CGM(Consumer Generated Media)」が世界中で勃興し、NYタイムズ紙などに代表される既存メディアの権威は失墜する。こんな未来像を描いたフラッシュムービー「EPIC 2014」が静かな話題を呼んでいる。
ここでは、前半でEPIC 2014の日本語版の翻訳をされた長野弘子氏にあらすじの紹介と解説をしていただき、後半で各業界リーダーの方々に視聴後の感想を寄稿していただいた。

 

後半:「EPIC 2014 各業界のリーダー/識者たちの感想」

TEXT:長野 弘子

2004年初め、フロリダにあるメディア学術機関のポインター研究所で働く2人の若者が、NYタイムズ・デジタルのマーティン・ニーゼンホルツCEOの講演に触発され、あるアイデアを思いついた。「オンラインゲーム『ウルティマ・オンライン』は多くの人々が参加して作り上げたメディアである」という言葉に、このモデルをジャーナリズムにも適用できないかと考えたのだ。各人の属性や嗜好性に適したニュース記事を動的に生成するだけでなく、メディアの消費者もまた発信者になり、媒体名や配信元にかかわりなく記事の内容により読者に評価されるとしたら……。

こうした思考を推し進め、未来からメディアの歴史を描いたという想定のフラッシュムービー「EPIC 2014」が生まれた。現在はフレズノ・ビー紙の記者を務めるマット・トンプソンと、サンフランシスコの新興ケーブルTV局カレントで働くロビン・スローンの2人組が製作したこのムービーは、「メディア歴史博物館」という架空の機関により製作されたものとして昨年11月にサイトに掲載された。翌月にはスラッシュドットが取り上げて世界中で話題になり、現在は日本語、スペイン語、フランス語、イタリア語、中国語などに翻訳されている。

ルパード・マードックなどメディア業界のトップも目を通したという、この挑発的な物語が登場してから1年近く経つが、これを単なるフィクションやパロディーとして捉えることはできない。新聞記事のねつ造や偏向報道に対して人々のマスメディア離れが進む一方で、ブロガーや市民記者が台頭し、RSSやAtom、OPMLなどにより、私たちは大手の新聞社か個人のブログかを意識することなくRSSリーダーで自由に好きな記事を読むことができるようになった。CGMとそれを流通させる仕組みは、確立されたメディアブランドを揺さぶる破壊的メカニズムとして動き始めている。

日本でも、TV局や新聞社がCGMの新たな波に乗り遅れまいとブログやポッドキャストの配信を行う一方で、ライブドアによるニッポン放送の買収劇や楽天によるTBS株の取得など、新旧メディアの攻防と融合が一層激しくなりつつある。EPICの結末は、NYタイムズ紙がオンラインから撤退するというものだが、今後の日本のメディアとネットの将来を推し量るうえでも、その内容をもう一度検証することは不可欠だろう。

この物語の続編として、2015年までを描いた「EPIC 2015」がある。人々はGPS機能つきのモバイル機器を使い、リアルタイムに映像や音声を含んだ情報を発信するという物語だ。グーグルは今年9月にサンフランシスコ市内のWi-Fiネットワーク構築に資金を提供するという入札申請を行ったほか、ダークファイバーの大量購入、電線を使ったネット通信企業への投資、VoIPの「Google Talk」の公開など、通信事業に乗り出す動きを見せている。PC内のデータだけではなく、ネットワーク全体の情報を収集して検索を可能にするのだろうか。現実は、この物語よりもかなり速い速度で進行していることだけは間違いないだろう。

なお、「EPIC 2014」はクリエイティブ・コモンズの「帰属-非営利同一条件許諾2.1」(本作品の複製、頒布、展示、実演、および、二次的著作物の作成が可能。二次的著作物は、オリジナル作品と同一の許諾条件の下でのみ頒布可能)を採用したことにより、さまざまな言語の字幕付きバージョンのフラッシュムービーが登場した。

EPIC 2014のストーリー解説

スクリーンショット01
解説●バーナーズ-リー氏の著書『Webの創成』によると、同氏が考えていたWebの構想として、
(1)閲覧するだけではなく創造することのできる協同作業のための情報空間
(2)マシンがデータを分析する「セマンティックWeb」
という2つが当初から含まれていた。現在、ブログの普及によりWebの閲覧だけではなく書き込みも簡単にでき、RSSやAtomによりセマンティックWebの実用化が進んでおり、同氏の構想の実現に大きく近づいている。
スクリーンショット02
ソーシャルテキストのロス・メイフィールドCEOによると、グーグルはもともとウェブページへの注釈に対するランキングの仕組みを開発しようとしていたという。ラリー・ペイジは、グーグルの代表的な検索技術である「ページランク」は、もともと特定のウェブページに対しての批評やコメントが書かれている“注釈つき”ページに対して、どのページが信頼性のある注釈やコメントを書いているかを見極めるために考えたものだったが、この技術を検索結果に使うほうがいいことに気づいた。ページに張られたリンク数、また張ったページのリンク数をベースにした価値を測定してランキングをつけるページランク技術とテキストマッチ技術を組み合わせて、現在のグーグルが誕生した。
スクリーンショット03
ブロガーの買収により、グーグルはAdSenseを掲載する巨大なスペースを確保した。日本でも2003年12月にココログがサービス開始、ブログの普及が本格的に始まることになる。「リーズン」誌の2004年6月号は、購読者の4万人の各人にパーソナライズしたもので、「○○さん、彼らはあなたがどこにいるか知っていますよ!」というコピーとともに購読者の住宅の衛星写真が表紙に飾られた。特集記事には、各人の住居エリアの平均年収、平均年齢、学歴などのデータも掲載されている。公のセンサスデータに含まれているデータを利用し、データベースと連動したレーザープリンターを使うことで、予算は通常より5000ドルしか多くかからなかった。
スクリーンショット04
グーグルは、検索エンジンからグーグルニュース、ブロガー、そしてGmailの提供と、よりポータル的な色合いを強めてきた。
Gmailは検索技術をベースにしており、大量のデータを保存できること、メールの中身を解析して内容に合わせた広告を配信することから、市民団体がEU各国やカナダの当局に対してプライバシー問題の調査を要請するまでに発展した。
ここから未来
スクリーンショット06
ここからフィクションになるのだが、今年に入り、実際にグーグルとヤフーがTiVoとの完全な買収を含めた提携交渉を進めているというニュースが流れた。TiVoがグーグルかヤフーと提携して、ユーザーがウェブ上で検索したビデオをTVで視聴できるサービスを開始するというものだ。グーグルは今年1月24日、TV番組検索サービス「グーグル・ビデオ」のベータ版を発表、映像検索にも力を入れ始めた。
お気に入りのサイトや映像、写真を格納するための「グーグル・グリッド」の登場は近いかも?
スクリーンショット07
自分の友人の目を通してフィルタリングした情報だけを検索対象にするなど、人間関係の仕組みを取り入れて検索結果のパーソナライズの動きが進んでいる。たとえばヤフーは今年6月28日、ソーシャルブックマーク(SBM)やSNSの仕組みを取り入れた検索システム「My Web 2.0」(myweb2.search.yahoo.com)のベータ版を公開した。ユーザーは検索履歴やブックマークを保存でき、SNSの「Yahoo!360」やメッセンジャーに登録した友人のブックマークも参照できるため、欲しい情報を得るための時間を短縮することができる。このような「ソーシャル検索エンジン」は、検索エンジンのデフォルト技術の1つとなっていくだろう。
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このようなパーソナライズド・サービスは、「My Yahoo」のように以前から存在していたが、今年に入り、多くの企業がこの分野に真剣に取り組むようになっている。英ロイターは3月、個人向けに「パーソナライズド・ニュース・サービス」を配信する意向を示し、NTTレゾナントの「goo」も同月、ニュースコーナー「gooニュース」で、ユーザーが過去に閲覧したニュースの内容に応じて、関心があると思われるニュースを自動的に選択し、見出しを表示するパーソナライズド・サービスを開始した。また、グーグルも5月、Gmailやグーグル・ニュース、天気、株式などの情報をGoogleの検索ホームページに表示できるサービスを開始している。
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すでに「グーグル・ニュース」では、独自の自然言語処理技術でニュースを要約し、分類アルゴリズムを使って関連記事をまとめて表示している。また、コロンビア大学の研究者が開発した「ニューズブラスター」は、グーグルと同様にいくつものニュースソースから同一の話題を探し出すが、グーグルが1つの記事を要約するのとは異なり、複数記事から重複部分を編集して1つのサマリーを作成する。
前述したパーソナライズド・サービスや、SBMやSNSの仕組みを取り入れた検索システムを組み合わせることで、各ユーザーの嗜好に沿った記事を提供することはそこまで遠い未来の話ではないかもしれない。
スクリーンショット10
日本では、昨年9月にグーグル・ニュースの日本語サービスが始まったときに、直リンクが著作権侵害に当たるか大きく注目された。その半年前、読売新聞社が原告となった直リンクに関する裁判で、見出しは著作物ではないと判断されたものの、フランスの通信社AFPが著作権侵害でグーグルを提訴するなど、いくつもの摩擦を生んでいる。とくに現在、同社はウェブ検索だけではなく、書籍や学術文献、TV番組にも検索対象を広げつつあり、コンテンツ企業との摩擦は大きくなりつつある。数百万冊の書物をスキャンしてウェブ検索を可能にする「グーグル・プリント」プロジェクトでは、作家の非営利団体「オーサーズ・ギルド」から著作権の侵害として今年9月20日に提訴されており、グーグルも最近になってワシントンの政治家へのロビー活動を始めるなど対策を採り始めている。
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EPICは、ニール・スティーブンスンのサイバーパンク小説「スノウ・クラッシュ」の世界を彷彿とさせるが、ブログのトラックバックやSNS、SBM、Flickrによるマイクロコンテンツの収集、再利用はすでに始まっている。市民記者や個人ブロガーが対価を得る仕組みに関しても、数年前から人気を呼んでいるアフィリエイトや、グーグルのAdSenseやカヌードルの「BrightAds」のように、サイトやブログのコンテンツに関連した広告を掲載するコンテンツターゲット型広告が急速に成長を遂げている。さらに、最近ではRSSに広告を配信するサービスも登場しており、個人が「巨額の広告収入のごく一部を得る」仕組みが次第に整えられつつある。
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「ライブドア騒動」の際に、堀江貴文社長は既存メディアの情報も取り込みつつ、市民記者の規模を拡大し、ニュースサイトを充実させていくと語っていた。人気で記事の掲載を決定する完全な市場原理のニュースサイトを目指すとしている。ニッポン放送の買収が成立していたら、EPIC的なメディア確立への一歩を踏み出していたかもしれない。NHK放送文化研究所の調査によると、ネットへの接触頻度は若年層を中心に過去5年でほぼ倍増している一方で、新聞は年々下がっている。興味深いのが、若年層の接触頻度は85年の86%から2005年の55%へと著しく下がったのに比べ、60歳以上は逆に上がっている点だ。紙媒体がエリート層と高齢者向けになりつつあることを感じさせる。

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