インターネットマガジン バックナンバー

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※この記事は『インターネットマガジン2005年4月号』に掲載されたものです。

 

インターネット研究現場からの便り
Letter#1 ライフラインとしてのインターネット
砂原 秀樹
奈良先端科学技術大学院大学教授/WIDEボードメンバー
先月号のニュースで既報のとおり、IAAアライアンスは現在「被災者情報登録・検索システム(IAAシステム)」のスマトラ沖地震・インド洋津波向けの運用を行っている。このシステムは阪神淡路大震災での経験を元に、WIDEプロジェクト(代表 村井純)で1995年より開発が進められてきたシステムである。今回は、ライフラインとしてのインターネットの役割について考えていきたい。

今年で阪神大震災から10年が経過したが、あの日の朝のことは未だに忘れることはできない。幸い私自身は無事であったが、被災した友人も多く、当時のインターネットの関西地区の核であった大阪大学のネットワーク機器は大きな被害を受けた。そして、いろいろなことが落ち着いて、最初に考えたのは「我々にできることは何だろうか?」ということだった。
まず行ったことは、ホームページで被災地の状況を掲載し、震災によって亡くなられた方々の名簿を公開することだった。当初、我々はそれで何かを実現した気になっていたが、実際は基本的にマスコミが行っていることをインターネット上で繰り返しているだけで、インターネットらしい機能は提供していないことに気づいた。名簿が電子的に掲載されることで、確かに「検索」が可能にはなったが、ただそれだけなのだ。
「死亡者名簿に載っていないということは、その人が生存していることの証じゃないんだよ」
これは、当時米国へ留学していたWIDEプロジェクトのメンバーの一言である。彼は大きな被害を受けた西宮市の出身で、被災地の親戚に電話もつながらず、毎日我々が更新するホームページを見ては心配をつのらせていた。そんな時に発せられた言葉だ。
インターネットの持つ特徴は、個人と個人のコミュニケーションを支えるということだ。こう考えると、地震や火山噴火といった被災地にいる人々相互、あるいは被災地にいる人々とそれ以外の場所にいる人々相互を結ぶ役割を果たすことが、インターネットの重要な役割であることが明らかになってくる。
例えば、被災地にいる家族や親戚の安否、どこに避難しているのか、そしてそこでどういう物資を必要としているのかといったことを知りたい。しかし、こうした情報は従来の通信システムでは入手しづらいものであった。
こうした情報を実際に交換するシステムとして構築されたのが、IAA(I Am Alive)システムだ。IAAシステムでは、被災者が自分の状況を登録し、それを他の人が検索して閲覧できるというサービスを提供している。現在では、同様のシステムを携帯電話会社などが提供しているが、最初にこうした機能を提供したのがIAAシステムなのである。IAAシステムは、災害発生時に利用されるシステムであることを考慮して、インターネットの一部が障害を受けていたとしても全体としてはサービスが停止しないように構成されている。これは、被災者情報を管理するデータベースを複数用意し、相互に情報を交換することで、一部のデータベースが停止したとしても他のデータベースを利用してサービスを継続できるようにしているのである。

ところで、阪神大震災において我々が経験したもう1つの大切なことは、何か事が起こってからでは何もできないということだった。つまり、日頃より準備をしておき、いざというときにちゃんと機能するように準備しておくことが不可欠であるということだ。そのため現在のIAAシステムは、情報通信研究機構を中心としたIAAアライアンスで開発と運用が継続的に行われている。しかし、それでもスマトラ沖地震・インド洋津波向けの運用では、その開始が遅れてしまった。これは、その前に発生した新潟県中越大震災用にIAAシステムが運用されていたためだ。現行のIAAシステムは、複数の災害を想定した設計となっていない。
このように、こうしたシステムがより有効に機能するためには、さまざまな課題をまだまだ解決する必要性がある。例えば、格納された情報のプライバシーに関する問題は非常に重要な課題となっている。また、現在登場している複数のシステム間での情報の共有も大切な技術課題であろう。しかし最も重要な課題は、「いざというときはこれを使えばいい」という社会的常識を広く浸透させることである。そうでないと、どんなシステムが稼働していても利用してもらえないのだから……。

http://www.iaa-alliance.net/