インターネットマガジン バックナンバー

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※この記事は『インターネットマガジン1995年4月号』に掲載されたものです。

 

1995年1月17日午前5時46分、淡路島の地下20kmの活断層を震源とする震度7(マグニチュード7.2)の地震が発生。神戸市を中心とする兵庫県南部から大阪西部にかけて甚大な被害をもたらした。神戸市といえば、全国の自治体に先駆けてインターネット上で行政・教育情報の発信を始め、マルチメディア文化都市構想を打ち出した土地柄。戦後最悪という今回の災害の中で、現地、そして日本のインターネット網はどのような対応を見せただろうか。
 「インターネットマガジン」では今月から2回にわたり、インターネットを通じて見た、阪神大震災に直面した人々の活動を報告し、インターネットが緊急時の情報発信、連絡網の確保、そして今後の被災地の復興のためにどんな役割を果たすことができるのか、そして今後、何をすべきなのかを考えていくことにする。

阪神大震災では、水道、電気、ガスなどのライフラインへの被害に加え、電話回線も大きな被害を受けた。被災地と外部との電話連絡は地震直後から輻輳し、つながりにくい状態に陥った。また、被災地への通話の輻輳の影響で、隣接する大阪(06)地域内部相互の通話もつながりにくくなった。
調査によると、交換機への電力供給が途絶えたため、一時285,000台の電話が使用不能になったが、翌日、移動電源車が配置されて、かなり復旧したという。しかし、その時点でも、家屋の全半壊や焼失によって復旧できないものもあり、不通は約76,000回線と見積もられた。1月29日の段階では、復旧作業で約70,000回線が回復したが、神戸市、芦屋市、西宮市などには今後の復興計画を待って復旧しなければならないところもかなり存在する。
今回の災害でも、情報源として最も頼りにされたのは新聞や、テレビ・ラジオなどの電波メディアによる報道だった。しかし、電話回線を使う各パソコン通信ネットワークの対応も早かった。業界大手のニフティサーブやPC-VANでは「地震情報」コーナーを無料で臨時開設し、その週のうちに数千件もの安否情報が飛び交った。電話のつながりにくい地域でもアクセスポイントを変えることで情報を引き出せるパソコン通信のメリットが活かされた形だ。
インターネット関連では、三宮にあったWINC(関西ネットワーク相互接続協会)神戸NOCが被災し、そこにつながっていたサイトからの接続に影響が出た。ただし、UUCP接続については機器の損傷が激しいサイトを除き、WINCの大阪NOCで代替のUUCPを行うことになり、25日までにはほとんどの回線が復旧した。この場合に必要な作業は、経路設定の変更だけだった。
「電話で連絡できるところには、UUCPの電話番号を大阪NOCの方に変えてもらいました。また、連絡がついた所はネームサーバーとMXの設定を変更することでメールなどの配送経路を変えています」(WINC・中野秀男氏)
この後、関係者の努力で神戸NOCが復旧に向かっているという情報が入っている。

インターネットの復旧と情報発信―2つのケースから

専用線によるインターネット接続のサイトでは、神戸地区を中心に数か所に被害が見られたが、無傷だったサイトや日本各地のサイトではWWWドキュメント、電子メール、ニュースグループにより盛んに情報が交換された。その中でも地震直後から精力的に震災情報を流していた2つのサイトがあった。

CASE 1:神戸市外国語大学

1月17日、地震の影響で、学術ネットワークSINETの神戸大学ノードが接続を絶っていた。神戸大学総合情報処理センターからの情報によると、地震発生直後、本部施設部にある地震センサーにより自動的に学内への電力供給が停止されたという。センターのネットワーク機器が再起動したのは翌日のことだった。
神戸大学ノード下にあってその影響を受けた神戸市外国語大学の芝勝徳氏は、その間の行動についてこう語っている。
「本震の当日、SINETが回復するのを待ちながら、バイパスする経路を、つながりにくい電話とニフティサーブを使って探しました。具体的には、SINETが回復しない状況も想定して、UUCPもしくはダイアルアップでのPPP接続を受けていただけるボランティアサイトを探していました」
結局、本震翌日の午前10時ごろに、INS-64回線で大阪大学と神戸大学のルータ間で通信が確保された。これでSINET神戸大学ノードに接続されていた数サイトがインターネットに復帰できた。
この段階で現地から積極的な情報発信を行い、その活動が内外のマスコミにも報道されたのが、前述の神戸市外国語大学のWWWサーバーであった。
「自分の命と家族、家が無事であることを確認した次の瞬間、コンピュータとネットワークのことが頭をよぎり、電話が不通になった環境で、この残った資源を使えば外部との情報交換ができると信じたのです」(神戸市外国語大学・芝氏)
もともと同大学と神戸市役所とは、昨秋からインターネット上での共同実験を行っていたことから、その環境をそのまま地震情報の発信に利用できたのだった。何よりも、神戸市西部の被害状況が中心部ほどひどくなく、同大学の建物や設備に致命的な損害がなかったのが、この情報発信を可能にした。


戸市外国語大学のWWWホームページ

「神戸大学までの光ファイバーが無事だったのに加え、文部省学術情報センターの対応が早く、大阪大学までのバックアップ回線で接続が保証されました。平成7年4月稼働予定だった神戸市図書館ネットワークのサーバー、ルーター類とSINETに接続されていた192Kbpsの回線が利用できたのです」(芝氏)
神戸市外国語大学による情報発信の経緯は次のとおり。

  1. 18日未明、HTML完成、サーバーの準備が完了
  2. 18日午前10時ごろ、SINET回復
  3. 18日午前11時、WWWサーバー稼働
  4. 18日午後4時20分、大阪大―神戸大の間で1Mbps回線による通信が復旧
  5. 21日午後6時10分、神戸大―神戸市外大の回線を192Kbpsから1.5Mbpsに増強

約20日間の運用でアクセス数は約36万件で、個別のホスト数では1万数千ホストを記録した。およそ8割が海外からのアクセスで、国数は約50か国、6割が米国からのものであった。


写真:震災直後の神戸市外国語大学のサーバー

CASE 2:奈良先端科学技術大学院大学

インターネット上での地震情報の発信を、地震当日の17日中に始めたサイトもあった。奈良先端科学技術大学院大学の羽田久一氏はすべて1人の独断で行ったという。
「震災の日の午前中は実家(大阪府吹田市)にいたのですが、午後2時から3時くらいの間に、奈良先端大に到着。ログインしてIRC(Internet Relay Chat)の『#地震』というチャンネルに参加して、思ったよりも地震の被害が大きいことを知りました。IRCでは、すでに活発な情報交換が始まっていました。IRCの中で積極的に情報交換がされていましたが、この情報はTVやラジオと同じで流れて行くままなので、WWWのページに貼ろうと思い、サーバーの用意をしました。簡単な用意ができあがり、サーバーのホームページにリンクをつけたのが、ほぼ4時30分ごろでした。とにかく立ち上げることを主眼としました。というより、僕が午後に大学に来たときにまだ情報を提供するメーリングリスト、WWW、FTPなどが存在していないのが信じられませんでした。地震に遭遇した関西地区の中では比較的被害の少なかった地域だったのも、幸いだったと思います」(羽田氏)
しかし、各地からのアクセスが多く、サーバーが過負荷のためダウン。利用は震災から1週間で延べ15万件に上ったという。
「次の日来てみると、マシンがハングしていたので、入れ替えねばと思い、情報科学センターのWWWサーバーに変更。マシンはSGI Indy IRIX 5.2で、過重なトラフィックに耐えて現在も稼働中です」(羽田氏)
なお、神戸市外大はSINET側、奈良先端大はWIDE側にあり、両校の間、あるいはSINET側から奈良先端大、WIDE側から神戸外大を参照する場合には、64Kbpsの回線が使われていた。そこで、WIDEの加藤朗氏のはからいで、この接続はより広い相互接続の帯域を確保できる東大経由に変更された(1月末までの措置)。

インターネットによる震災情報提供の広がり

その後、教育機関、企業を問わず、全国各地でWWWサーバー、ニュースグループなどを利用した情報交換が次々に行われるようになった。

NTTでは、日本文字放送(テレモ日本)から提供された死亡者名簿をWWWで公開した。これは、かなりのトラフィックを記録し、アクセスしにくい状態も生じた。また、項目別に、きめの細かいインデックスを作成した。IIJでは、増え続けるWWW地震情報へのポインタをリストアップして掲載するとともに、インターネット回線の被害状況を収集して報告した。朝日ネットのWWW、SONY CSL、Shima Media Networkでも震災情報が提供された。

このほかに、埼玉大学、早稲田大学、東京大学でも地震関連情報リストを用意。九州大学では地震関連情報のミラーリングを行った。東海インターネットワーク協議会では氏名、年齢、住所などによる被災者検索システムを作成していた。


写真:IIJのWWWサーバーによる阪神大震災情報

海外への情報発信とインターネット

今回の地震は海外のメディアでも大々的に報道された。特に、ワシントンポスト紙は、Earthquake On the Internet: A Shock E-Mailed Round the World (January 20, 1995) と題して、震災の中でインターネットの果たした役割を大きくクローズアップした。
地震直後、海外から関西地方への電話回線は、接続困難な状態に陥ったが、インターネットの情報にはアクセスが可能だった。いくつかのWWWサーバーでは、日本語と英語で情報を提供できたし、写真などのグラフィックは、そのままで大きなインパクトをもって被災地の状況を伝えていた。ネットニュースではfj.misc、tnn.disasters.earthquake、fj.sci.geoなどで情報の交換が行われていた。そのほとんどは日本語で提供されていたが、英語による地震情報が、国際大学によって用意された。筑波大学のステフェン・ターンブル氏も、電子メールで地震のレポートを英語で発信し続けた。
海外のいくつかのWWWサーバーからも、日本の地震情報源にリンクが張られた。米国のデルタネットでは、死亡者リストの英訳を提供するとともに、日本からアメリカへの電子メールによるメッセージの中継に協力した。The News and Observer Publishing Co.やドイツの独日協会、カナダのサイモン・フレーザー大学でも情報の提供が行われた。

残された課題

では、今回の震災におけるインターネットは、どのように評価されるだろう。パソコン通信と比べ、インターネットに接続されている端末が少ないことから、現状ではもっぱら海外への情報提供という面での貢献が第一に挙げられている。
「情報の提供という意味では、被災地への提供よりも、それ以外の地域への広報的意味合いを担うことができたと思います。特に海外への情報の伝達では、インターネットが最も有効である地域が数多く存在するようです」(羽田氏)
ただし、インターネットで流すべき情報についての問題点を指摘する声もある。
「インターネットが地震のときに活躍したと、マスコミでよく報道されますが、神戸に関していえば、それほどではないと思っています。インターネットにアクセスできる人はごく少数だったので、輻輳が起こらずに比較的よくつながったのだと思います。また、亡くなった方のリストがインターネットなどにアップロードされ、多数のアクセスがあったのは事実ですが、本当に一秒でも早く確認したいのは、親類や知人が無事だったかどうかです。そういう情報に関する流通に関しては、ほぼ無力だったといえるのではないかと思います。インターネットへ情報を流すことは『混乱が発生する』という理由で実現しなかったように聞いています。もちろん、警察などの臨機応変さが欠けていたという指摘をすることは簡単ですが、平常時から各機関に対しインターネット自体の理解を求めておくという努力が十分ではなかったということもあります」(加藤氏)
日常的にインターネットに関わっている者が今後何をすべきかについて、芝氏と加藤氏から次のような提言がある。
「今後の課題としては、都市の通信インフラとして、通信媒体(有線・無線)である物理層やアプリケーション層までの組み合わせを多様かつ適切に行い、外部との接続が途絶えない強いものになることが期待されます」(芝氏)
「ともかく、インターネットを災害時に活用していく場合には、各所にそれを実行できる潜在的な力はあるわけですから、災害時にどのようなアプリケーションをどのようなプロトコルでどのように運用するのかということを、平常時から研究・開発・試験・訓練していないとだめだと思います。また、アクセスできる端末が限られるというのも大きな問題です。たとえば、街角のISDN公衆電話とUUIあるいはINS-Pを使って、情報は限られていても、どこからでもアクセスできる体制も必要でしょう。それから、もし神戸にインターネットがある程度あったら、たとえば、端末が避難所に1台ずつあったらどうだったでしょうか。我々は、インターネットが持っている他の通信メディアとの差を認識しつつ、それを災害時に効果的に利用する方法について考えておくべきではないかと思います。もちろん、HTTPではないアクセス方法も含めて検討していかないといけないと思います」(加藤氏)

情報提供にご協力いただいた方々(敬称略)

羽田久一(はだひさかず):奈良先端科学技術大学院大学・情報ネットワーク講座(山本研究室)
中野秀男(なかのひでお):大阪大学
芝勝徳(しばかつのり):神戸市外国語大学
小田嶋勝也(おだじまかつや):IIJ
加藤朗(かとうあきら):WIDE
樽磨和幸(たるまかずゆき):神戸大学総合情報処理センター
その他大勢の国内外のInternet People

本文記事で参照した震災情報WWWサーバー(1995.2.25現在)

神戸大学:http://www.kobe-u.ac.jp/kobequake/kobequake-jp.html
神戸市立外語大学:http://www.kobe-cufs.ac.jp/kobe-city/whatsnew/disaster-jp.html
奈良先端科学技術大学院大学:
http://isindy19.aist-nara.ac.jp/earthquake/
IIJ:http://www.iij.ad.jp/earthquake/index-j.html
NTT:http://www.iij.ad.jp:80/earthquake/ntt/eqc/
国際大学:http://www.glocom.ac.jp/NEWS/earthquake.html
独日協会:http://phdrw3.kfk.de:8080/DJG/Kobe.eng.html
理化学研究所:http://www.riken.go.jp/news/kobe-city/whatsnew/disaster-jp.html
朝日ネット:http://www.mmjp.or.jp/heqinfo/index.html
SONY CSL:http://www.csl.sony.co.jp/earthquake/index.j.html
早稲田大学:http://www.cfi.waseda.ac.jp/users/g2b178/misc/disaster/
東京大学:http://www.phys.s.u-tokyo.ac.jp/earthquake.html
九州大学:http://www.med.kyushu-u.ac.jp/
東海インターネットワーク協議会:http://www.tokai-ic.or.jp/InfoServ/Earthquake/
筑波大学:http://turnbull.sk.tsukuba.ac.jp/jishin.html
デルタネット:http://www.deltanet.com/users/wcassidy/jquake.html
The News and Observe:http://www.nando.net/newsroom/jsources.html
サイモン・フレーザー大学:http://hoshi.cic.sfu.ca/~anderson/japan/japan.html

阪神大震災により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様方に心からお見舞い申し上げます。被災地の1日も早い復興をお祈り致します。(編集部)