インターネットマガジン バックナンバー

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※この記事は『インターネットマガジン2006年3月号』に掲載されたものです。文中に出てくる社名、サービス名、その他の情報は当時のものです。

 

[企業技術戦略研究シリーズ]

 

近藤淳也氏
近藤淳也
株式会社はてな代表取締役

技術屋の誇りと“はてならしさ”を重視して
人々のコミュニケーションを支援する

はてなが2001年に立ち上げた「人力検索サイトはてな」は、「質問に対して関連情報が掲載されているウェブページのアドレスをユーザーが教え合う」というサービス。同社は、その後も「はてなダイアリー」「はてなブックマーク」など、ユーザー同士のコミュニケーションを重要視したサービスを次々と展開している。それは、近ごろ話題となている「Web 2.0」を、5年前に先取りした仕組みでもあった。少数精鋭の技術者集団でユニークなサービスを開発すの手法や、こだわる「はてならしさ」について、同社代表取締役の近藤淳也氏に伺った。

インタビュアー:仲里淳
本文:柏木恵子
写真撮影:渡徳博

※誌面イメージをご覧になれます → [バックナンバーアーカイブ検索]

株式会社はてなのプロフィール

 

  • 所在地 東京都渋谷区鉢山町
  • 設立年月 2001年7月
  • 代表取締役 近藤淳也(こんどうじゅんや)
  • 資本金 2750万円(2006年1月現在)
  • 株式公開の有無 無
  • 社員数 15名(2006年1月現在)
  • ウェブ http://www.hatena.ne.jp/
  • 事業内容
    検索サービス「人力検索はてな」、ブログサービス「はてなダイアリー」、サイト更新チェックサービス「はてなアンテナ」、写真をアップロードできるウェブアルバムサービス「はてなフォトライフ」など、インターネットサービスの開発・運営。これらの各種サービスを企業など に提供するASP事業。

あえて柱を作らない事業モデル

―― はてなのサービスは、オープンソースやオープンスタンダード規格の技術を利用して構築されているものがほとんどです。その中で、はてなにとって技術的に中心となるものやコアコンピタンスは何だということになりますか。

コアコンピタンスを1つにはしぼっていません。技術力はもちろんその1つではあります。ある程度の規模のものを作って動かしていくというのは、いろいろな工夫がなければ無理ですよね。だから、それなりの技術力がうちにはあるという自負はあります。共同作業がしやすいようなフレームワークを作るとか、実装 の方法やどうパフォーマンスを上げるかなど、1つ1つに技術力は必要です。でも、それだけではありません。

現在提供しているサービスの中で、ユーザー数が一番多いものは「はてなダイアリー」です。はてなの原点という意味では、人力検索ということになりますが。ただ、これが特別だという飛び抜けたものはない方がいいというのが僕の考 え方です。1つ1つのサービスには賞味期限というか旬な時期というのがあると思っているので、特定のサービスをあまり恒常的なものと捉えない方がいいという考えが根底にあります。

新しく作るサービスの基準 は「はてならしさ」

近藤淳也氏

―― 社内で新しいサービスを立ち上げたりプロジェクトを具体化したりするときのプロセスに、何か決まりごとのようなものはありますか。

うちは、一番思いを強く持っている人が中心になって集中して作るというのを重んじています。そのプロジェクトのディレクターとしてかなりの権限を与えて、その人がオーナーシップを持って形にしていきます。具体的にどのように仕様書を書くのかといった細かいことはディレクターに任されていて、標準化されたものはありません。サービスの規模に合わせてその都度変わります。

ドキュメントのようなものはほとんど社内になくて、ホワイトボードや白い紙に画面のイメージなどをみんなで描き込むなどしてインターフェイスの設計などをしていると、大体できていくんですよ。「はてなの作り方」みたいなものがあって、すぐに手を動かし始めちゃう。

―― 新しく提供するサービスのカテゴリーも、どの分野のものをと最初から設定しているわけではないのですか。

決めてはいませんが、ユーザーに便利だったら何でもいいとか、お金が儲かれば何でもいいのかというと、そうではない部分もあります。それはあまり明文化されていなくて、強いていえば「はてなっぽい」かどうか。「はてなっぽい」というのは、たとえば人力検索で回答するのは機械ではなくて人だとか、キーワードの便利な辞書を作るのはダイアリーを作ってるユーザーだとか。

―― これは「はてなっぽくないな」と判断されるのはどういうときですか。

たとえば、はてな自身が編集をするものはあまりないですよね。

はてなが提供しているサービスは今、月間4億ページビュー以上ありますが、はてなが編集した文章というかコンテンツは、メールマガジンとか告知日記のようなものしかありません。基本的に、すべてユーザーが自ら作ったものです。「月に何百万ページビューも読まれるような面白いコンテンツを作ってユーザー数を伸ばそう」といったやり方はてならしくないと思っていて、編集することを前提としたサービスはほとんどありません。

―― それは、ユーザーに対してはてなの考えを押し付けるようなことはしたくないということでしょうか。

もしかすると、そういうことなのかもしれません。もしくは、自分たちが作るとなると、アクセスを増やそうと思ったらひたすら編集量を増やしていくしかなくなるので、それは大変そうだなと思っているだけかもしれませんけどね(笑)。

―― ティム・オライリーが「ユーザーの力をうまく利用できる、ユーザーがやったことによってシステムが利益を得るのがWeb 2.0だ」といっているのですが、それですね。

まさにそうだと思います。システム側がサーファーを何百人も抱えて、ありとあらゆるコンテンツを調べつくしてディレクトリーを構成するから人が使ってくれるという方法もありますが、ユーザー自身が勝手にやっているうちにどんどん充実していく、そういうことを活用していくという方法もありますよね。僕たちは、最初からそういうことを体現していました。

検索にしても、アルバイトを雇って回答を作らせるという発想もあるわけじゃないですか。人からお金をもらって答えるわけですから、普通に考えればそうなります。だけど、そこをユーザーに投げてしまうというのも、そういったWeb 2.0的な考え方に似てますよね。ユーザーを信用して、その力を貸してもらって、盛り上げていこうという。そういう考えは、最初からずっとあると思います。

―― 実際にウェブサービスのビジネスをされていて、近頃のWeb 2.0の盛り上がり方についてはどう思いますか。

ある現象に何らかの“ラベル”が付けられることには、僕は意味があると思っています。

何でも、言葉が付くと認められるという面がありますよね。ブログもそうでした。ウェブ日記と呼ばれるものは以前からあったけれど、ブログというラベルが付いて、それをやると面白いんだぜということで一気に広まった。ラベルはけっこう大事ですよ。言葉が付くだけで普及するようなものはすごくいっぱいあって、最近だとAjaxとか。ただし、そういうラベルが全部、米国から出てくるんですよ。僕らは、人力検索というものをもう5年も前からやっていて、それは今の言葉にすれば「Web 2.0的」なわけです。でもそういう最先端を感じさせる言葉は、全部西海岸からやってくる。それには焦りを感じますよね。やっていることは同じで考えてることも大体同じなのに、ラベルをきちんと付けて広めていくことができているのは米国だけ。それによって、全部そこが最先端ということになってしまう現状があります。それを放っておいていいのかという気はします。うちでもWeb 2.0っていおうかって尻馬に乗っていくだけではなく、そういうことを考えてこちらから整理して出していくことはできないのかなと、そういうことは思います。

近藤淳也氏

―― 「はてな市民」というはてなユーザーを指す言葉があって、ユーザーの意識が高いというのもはてなの特徴だと思います。はてならしさと、こういうコミュニティー形成は関係があると思いますか。

人力検索はコミュニティー形成を意図して作ったサービスではないので、成り行き上そうなったという面もあります。ただし、人が答えるということを考えた時点で、人間同士が集い合うと想定していたともいえますよね。はてなのユニークさをどこで出していくかという部分で、はてなのコミュニティーは1つの特色であり、しかも一朝一夕に作れるようなものではありません。それはちろん分かっているので、それを活かして何ができるかをこれから考えていこうとは思います。

―― サービスを作ったり公開したりするときに、ビジネス面はどれくらい意識していますか。

そこは楽観的で、ある程度たくさんの人が使ってくれるようなヒットサービスになれば、ビジネスモデルは後からついてくると思っています。もちろん、そうはいっても、本当に採算をまったく考えずに好きなように作るわけにはいかないので、そこはバランスですね。

プライオリティーとして一番高いのは、 自分でも絶対に使いたいと思っていて、誰もが使いたいというものを作る。二番目に、それを収益化して継続的に営業できるようにどうモデル化していくか。それでも、全体的なインターネットの状況として、最近は運用コストがかなり下がっているので黒字化は見えやすいです。環境は整いつつあると思います。

サーバーの代金や社内の開発を効率化できれば、ある程度のアクセス数があるページならアドセンスを付けておけばけっこう収益が出るという感じです。昔に比べると、そこはかなりなんとかなるという感覚はあります。収益の比率としては、やはり広告収入が一番多いですね。はてなには有料が前提のサービスもいくつかありますが、それは盛り上がりに欠けるということも分かってきました。便利なものを作ってなるべく多くの方に使ってもらって、そこからビジネスを考えていくほうが、影響力が大きいかなと。しばらくは、広告収入が拡大する傾向にあるでしょうね。

近藤淳也氏

―― 今後もっと大規模なサービスをと考えたときに、資金的な不安はありますか。

インターネットのサービスを提供している限りは、さらに1億円設備投資できればこのサービスがすごくよくなるというものではないので、資金はあまり関係ありません。一番不足しているのは人で、これは慢性的に足りていません。本当は 、今はちょっと手がつけられないという状況で、本当に増やしていきたいと考えています。とはいっても、どんな人でもいいからと採用していたら弊社の特色と思っていた部分がなくなりかねないので、そこは慎重になりすぎるくらい慎重に人を採っています。

―― はてならしい人ということですね。それは具体的にどのような人ですか。

はてならしさを言葉で表現すると、1つは「人と技術の融合」なんですが、はてならしさ5箇条みたいなものがあるかというと、ないんですよ。

たとえば、今のメンバーと違和感なく一緒に仕事ができるかというのは必要です。こういうときはがんばれる、こういうことには興味がないというのが全然合わない人だと、一緒に仕事をするのは難しいですよね。気風として、自分たちの力で工夫をしてなんとか作り上げていくというのがあります。逆に、自分で手を動かさずに既製品があるんだから買ってくればいいじゃないかという感覚の人だと、一緒に仕事はできません。

―― 何かが不足しているとき、買ってくるのではなく作ってしまうような人ということですか。

もちろん、どちらもあるでしょう。ただ、買うなら買うで、ちゃんとした理由があって絶対にそちらが合理的だという確信みたいなものがほしいんですよ。そういうのは、技術屋の誇りとしてあると思うんです。自分で作れないか、作るにはどのくらいの技術が必要か、どのくらい大変かといったことを、きちんと見極めるのは大事だと思っています。そこで手を動かして頭を使うことの重要性が共有できないと、そもそも一緒に仕事をしていくのが難しいですね。
会社としても、今は何でもお金をつぎ込んで時間を買うという感じではないんですよ。

―― スタッフが増えると、組織が硬直化してしまうという心配もありますよね。

確かに、大企業病みたいなものにならないようにということは、日々気を使っています。

既存のサービスのディレクターにはかなり大きな裁量権が与えられていて、自分の思いをどんどん組み込んでいけるようにしています。また、こういう新しいことを考えたんだけどといちいち会議にかけるより、コードを書いてアップしてユーザーの反応を見てみようとか。そうすることで、速さや不確定なものへの取り組みを維持できます。あとは、いつも同じ環境で仕事をするとルーチンワークのようになってしまうので、合宿で集中してえいやっと作ったりもします。

近藤淳也氏

―― 今後はどのような方向へ進もうとしてますか。

実は、こういう戦略があって来年はこういうものを強化するぞといったような進み方はあまりしていないんです。物作りが大好きな人間が集まって、これだというものが見つかるのをいつもアンテナを張って待っているというのが正直なところです。それで、いいアイデアが浮かんだときには、どこよりも早く作ろうと。

何がいいんだろうということで、3つ挙げるとしたら、1つ目はインターネットらしいこと。今、インターネットによってようやく、知らない人も合わせて人間がつながり始めています。このインパクトを利用するということです。技術を利用して人がつながるということが、はてならしいことの1つであり、インターネットらしいと思っていますので、そういう要素が入っていることです。2つ目は、誰もやっていないとかまだないものを作らないとあまり意味がないということです。そして3つ目は、技術的に困難さが伴えば伴うほど、そこが競争力になります。たとえばすごく大規模なサーバーシステムを構築しなければできないようなサービスとかユーザー数がものすごく多いとか、そういうもののなかでこれだというものを探します。

技術の面でいうと、ネットのサービスを作る技術は瞬時にインターネット上に広まって共有されてしまいますから、正直なところ、はてなにしかないこの技術で勝負というのは、あまりないでしょうね。とはいっても、持っている技術のレベルは決して低くはないと思っていて、必要であればそこに手を入れていくという潜在的な力が僕たちにはあると思っています。だから、コモディティー化されたもので勝負できる範囲であればそれを使いますし、いざここに手を入れなければパフォーマンスが出せないとか不可能ということなら手を入れます。そこが今後の競争力になると思っています。

―― 将来の夢や目標についてお聞かせください。

社会はもっと効率化できるはずですが、まだできていません。インターネットで、社会はまだどんどん変わると思います。そういう変革に立ち会いたいし、できればそれを仕掛けたいと思っています。

いろいろな分野で変化が起きると思うのですが、その中では生活が豊かになるという部分に非常に興味があります。たとえば、本当はもっと人としゃべりたいのに、通勤電車で往復しているだけで人と会う機会もないという人が、ブログで友達と情報交換や意思疎通ができるようになって毎日が楽しくなる。そういうことで変化は起こり始めています。その先に何ができるかという部分で、存在感を出せたらなというのが目標です。

―― ありがとうございました。

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