[INTERVIEW]
個人ブログとマスコミの狭間で
両メディアの存在価値を探求する
真のジャーナリスト
ティム・バーナーズ-リー
2005年8月、ダン・ギルモア氏の新著「We the Media」の邦訳『ブログ 世界を変える個人メディア』が出版された。同氏は、数々のジャーナリズム賞を受賞している米国の著名なブロガーであり、ベンチャー企業の「グラスルーツ・メディア・インク」を設立するなど、市民ジャーナリズムを牽引しているキーマンだ。自らもサンフランシスコを中心とした「ベイオスフィア(Bayosphere)」というオンラインコミュニティーを立ち上げ、ネットとリアルメディアの将来についても深い考察を見せている。
出版記念で来日したギルモア氏に、執筆の動機や現在のブログについての見解、既存のマスメディアとブログやインターネットとの今後の関係などについて伺った。
聞き手:本誌編集長
Photo:渡 徳博
世界的な会話としてすべての
ニュースをインタラクティブに共有するブログ
――『ブログ 世界を変える個人メディア』をお書きになった動機はどのようなことでしょうか。
●ブログが登場したことで、ジャーナリズムが変化したと感じたからです。1995年頃から個人的にいろいろと調べ始めて、執筆もしていました。2002年にオライリー主催の「Emerging Technology Conference」というカンファレンスがあり、「ジャーナリズム3.0」という講演でその成果を発表したら、それを面白がってくれた人がいて。その人から本にしたらどうかと勧められたのがきっかけです。
――ティム・オライリーさんの影響も大きいですか。
●彼は友人であり尊敬すべき存在です。この問題についてさまざまなアドバイスもくれたし、出版にあたってはとても喜んでくれました。そういう意味で、とても影響があった人といえるでしょう。
――これまでのキャリアは、テクノロジー関係のジャーナリストだったわけですか。
●ずっとそうだったわけではありません。始めはバーモントというところの小さな地方紙の記者として、政治や経済まで何でも書いていました。その後、1988年にデトロイトに移ってテクノロジーについての記事を書き始めました。本格的に専門分野にしたのは、1994年にサンノゼマーキュリー(The San Jose Mercury News:シリコンバレー地域の有力地方紙。同社が運営するニュースサイトのMercuryNews.comは、IT関連のビジネスニュースに定評がある)に入ってからです。
――では、コンピュータには元から詳しかったわけではなく、先にジャーナリストという立場があって、その後でテクノロジーのことを勉強されたわけですね。
●高校時代にFortranの授業がありましたが、それから数年間はコンピュータのことなんか忘れていました。ただ、初期のPCを見たとき、「これは欲しい!」と何故か思ったんです。それから少しずつ、BASICで簡単なプログラムを書いたりして勉強し始めました。プログラマーと呼べるほどではありませんが、テクノロジーは好きですよ。
――インターネットは最初の頃から使っていたのですか。また、当時、現在のブログの流行のような状況になると予想していましたか。
●インターネットを使い始めたのは70年代後半から。大学時代に、自宅のアパートから大学のメインフレームが接続されていたので、それを使用したのが初インターネット体験です。80年代前半はCompuserveを使用していました。商用サービスのインターネットとしては、80年代後半〜90年代前半に始まったミシガンの地域ISPを利用するようになりました。
何をしていたかというと、1991〜1992年あたりには、ジャーナリズムを教えるBBSで情報交換を開始しました。1993年にはGopher(インターネット上で使える情報検索システム。WWWやFTPの普及により次第に使われなくなった)でジャーナリズムのリソースを作成したり。これは数年で消えましたが(笑)。
そういう意味では、インターネットとの関係は長いですが、ここまで発展するとは思ってもみませんでした。
――草の根メディアと既存のマスメディアとの一番の違いは何だと思いますか。
●草の根メディアや市民ジャーナリズムも、多くは従来のマスメディアと基本的に同じです。ブログを書いているジャーナリストの活動も、双方向の会話があることで情報収集活動の1つとして考えられます。
では、従来のメディアと何が違うかというと、誰でも情報の提供者になれるという点です。ポッドキャストも映像配信も情報の提供ですが、それらをも利用して「世界的な会話」としてすべてのニュースをインタラクティブに共有できるのが、ブログ。私はマスメディアも大好きだし、これからも存在し続けると信じていますが、こうした新しい形のメディアが登場してマスメディアと共同していくのもよいことだと感じています。
――インターネットで人々がつながったことで、情報提供者が圧倒的に増えたという、量的な変化による影響が大きいと考えていいですか。
●ブログが登場したことで、2つの変化が起こりました。1つは、今まで情報をただ受けるだけの存在だった人たちが、インターネットを使って興味のある情報をさまざまな情報源からピックアップし、それをまとめてニュースとして提供できるようになったこと。ユーザーは、1つのニュースソースだけに頼るのではなく、選択肢が増えたことになります。
2つ目は、ブログ発信者がジャーナリズムを楽しむようになってきたこと。これは非常に重要な変化です。彼らは、プロのジャーナリストと情報交換し、情報収集しながらニュースを作成するという、ジャーナリズムのプロセスを経験しています。これまでの情報消費者が、積極的にメディアの発信にかかわるようになったのです。
ジャーナリズムを意識した米国のブログ事情
――米国ではブログをジャーナリズムとして使った発信が多いように聞いています。日本では日記のようなものが多く、自分の好きなことを書いているのですが、米国のブロガーの間では、ジャーナリズムということが意識されているのでしょうか。
●米国でも、大部分のブログは個人的なものですよ。もっとも、ブログが広まったのが早かったこともあり、他の国よりもジャーナリズムを意識したブログが多いかもしれません。ブログは、文化的な背景によって発展の仕方が異なります。日本では米国よりも携帯電話によるコミュニケーションが発達していますから、違ったジャーナリズムが展開するかもしれませんね。
――日本でブログが流行っているといっても、まだそれによって日々の生活や仕事に影響を与えるところまではいっていません。米国ではどうですか。
●ほとんどのブログは、すぐに更新されなくなってしまいます。常に更新するのは、大変な労力が必要ですから。しかし、自分のブログが有名になると、更新するモチベーションが上がり、その人の生活スタイルに影響を与えるかもしれません。友達や家族同士のコミュニケーションとしてブログを使用していた人も、それが多くの人に知られるようになり、常時更新するようになるかもしれない。
テネシー大学で「インスタパンディット(http://www.instapundit.com/)」を運営するグレン・レイノルズ教授も、ここまで自分のブログが多くの人に読まれることになるとは思っていなかったでしょう(同氏は2001年に開始した同ブログで、9.11以降の時代風潮を右翼的視点から論評するので人気)。ブログは、互いのコミュニケーションを高めるというよい効果もあります。
インターネットのすばらしいところはコラボレーション、共同作業ができるメディアということです。誰かと一緒に作業することで、今まで単独では為しえなかったことを達成できるのです。
オープンソース・ジャーナリズムのビジネスモデルはまだ未定
――「ブログ 世界を変える個人メディア」にオープンソース・ジャーナリズムという言葉が出てきますが、これはどういう意味ですか。
●この言葉には、まず自分が何をしているかを多くの人に知ってもらい、その活動を理解してもらうという目的があります。実際、この本を上梓するにあたり、章の草案をブログにアップして多くの人に読んでもらいました。その結果、見知らぬ人からあらゆる意見をもらうことができました。友好的なものもそうでないものもさまざまな意見が寄せられ、よい本を作るうえでとても役に立ちました。
もう1つは、プロのジャーナリストと市民のジャーナリストが協力して、1つのジャーナリズム団体では取り扱えない大きな課題に取り組んでいけるようになってほしいということです。将来的には、こうした新しいコラボレーションが実現し、今まで達成できなかった報道もできるようになることを願っています。
――オープンソースソフトウェアでは、プログラム自体は無料で、サポートやインテグレーションなどを有料にするというのがビジネスモデルですが、ジャーナリズムのオープンソースでは、ビジネス的にはどうなるのでしょう。ニュースは無料になるのでしょうか。
●米国の場合、通常はニュースを無料または安いものと考える傾向にあります。これは、新聞に広告収入があるので、ユーザーには安く提供されているからでしょう。そういう意味で、オープンソースソフトウェアを引き合いに出されるのでしょうが、オープンソース・ジャーナリズムは少し違います。
私としては、ジャーナリズムを実践するメソッドがオープンソースソフトウェアを作成するプロセスに似ていると感じたからこの言葉を使ったわけで、ビジネスモデルとしてのオープンソース・ジャーナリズムを考えたことはありませんでした。例えば、無料の百科事典「Wikipedia」は、これからも無料でサービスを提供していくでしょう。これからビジネスモデルについて考える必要はあるでしょうが、Wikipediaのようなものもオープンソース・ジャーナリズムに含めてよいと思います。
――ニュースは、新聞のように紙だと有料ですが、ウェブだと無料というのが現状ですね。これは、新聞の価値はニュースそのものではなく、パッケージングにあると考えられませんか。
●従来の新聞は、製造業の影響を大きく受ける業種です。そういう意味で、オンラインに移行すれば、その仕組みに何らかの変化はあるでしょう。ただ、ニュースが完全にオンラインで展開されたときのビジネスモデルは、まだ想像できません。メディアの課金の仕方は変わるでしょう。
現在、既存メディアの手法と同じようにコンテンツを提供する読者に登録を促し、課金する形で収入を得ているところもあります。しかし、ウェブのよいところは情報がオープンであることです。誰でも見ることができ、そのページに広告を打つこともできれば、別のページがその記事にリンクして参照することができます。課金したことによって、見えないコンテンツとなり、本来なら広告収入が得られるかもしれないのに、存在感が失われているということにもなります。ウェブの良さを活かした新しいビジネスモデルを考える必要があるでしょう。
ドク・サールズ(Linuxジャーナルの編集者で、ブログが有名)という知り合いのブログジャーナリストが、いいアイデアを提案しています。それは、当日のニュースを閲覧する場合は有料で、それを翌日掲載する場合は無料で閲覧できるようにするというものです。今見たい人はお金を払い、情報が古くてもかまわない人には無料で提供する。これならば、ウェブの良さはそのままで、コストが回収できるのではないでしょうか。
――EPIC2014(インターネットメディアの未来予測がテーマのFLASHムービーで、2014年までにEPIC:Evolving Personalized Information Constructと呼ばれるパーソナライゼーション型メディアが現れると予測したもの。ウェブで公開され話題となった)が日本のブロガーの間でも関心を集めているのですが、どうご覧になりましたか。
●非常に面白かった(笑)。これを作った人も知っています。非常に頭のいい人たちです。ただし、実際こうなるかといったら、ありえないでしょうね。著作権の問題もありますし、人々は多種多様なニュースを読みたいのであり、1つに統一されたものを見るようになるとは思いません。
実際、いくら個人が頑張って情報を個別に検索してまとめたものでも、それだけで社会情勢などを十分に知ることはできません。よって、クオリティーの高いプロのジャーナリズムは残ると思います。例えそのビジネスモデルが難しくなったとしても、それを支える非営利団体などが登場するでしょう。ユーザーが作る情報がプロのジャーナリズムを淘汰するとは思いません。
既存メディアと草の根ジャーナリズム
理想は競合かつ協調
――ギルモアさんの理想とする社会を実現するに当たって、注目している企業はどこですか。
●どの企業も熱心に取り組んでいて、すばらしいと思います。最近、ツールが改善されており、Ask Jeeves、Google、Yahoo!などは草の根メディアに貢献しています。名前は具体的にいえないのですが、マッピングアプリケーションで、ブロガーにとって役立つツールを開発しているところもあります。どれが素晴らしいとか一番だとかはいえません。ホリエモンの会社も、ほかのどの企業よりも先をいっていると思いますよ。
従来の大きなメディアは、こうした動向に順応していけます。多くの読者を抱えており、ジャーナリズムのノウハウもあるという意味で大きなアドバンテージがあるし、草の根メディアとともに発展していくでしょう。
――日本では、既存のマスメディアと新興のウェブ企業の提携という動きが出ています。これについてはどう思いますか。
●AOLとタイム・ワーナーのように、米国でもそうした提携や合併が行われています。ネットワークのエッジにいるユーザーにとってよい影響があるのであれば、よいのではないでしょうか。
――マスメディアと草の根メディアは、どのように住み分けていけばいいとお考えですか。
●両者が、競合しかつ協調しあえる関係になるとよいですね。マスメディアは、情報を受け取る側と同じツールを使用することで、意見を聞いたり交換したりするようになり、送り手と受け手の距離を縮めることができます。一方で、市民のジャーナリストは、プロのジャーナリズムの原理やテクニックを学んでニュースを発信するようになってもらいたいですね。そうすることで、人々はより多くの情報源を得ることができるわけです。
――これまでのマスメディアは一方通行ではありましたが、多くの人が同時に同じ情報を得ることができました。それが人々のコンセンサスにもなっていました。そういうメディアはこれからも必要だと思いますね。
●もちろん、一方通行の情報発信をするメディアは残るでしょう。というのも、市民ジャーナリストになるのはごく一部で、ほとんどの人がそうはならないでしょうから。例えば、エンターテンイメントの分野では、黒澤やスピルバーグのような誰もが見たいと思う作品を製作できる人は少ないからです。それと同様に、発言力が強く、積極的に情報発信し、人々を引きつけるような人は残りますが、その数は少ないでしょうね。
――ギルモアさんの次の目標をお聞かせください。
●今後は、草の根メディアおよび市民のジャーナリズムを推進し、世界中との会話を実現する意味を啓蒙していきたいですね。
――では最後に、日本に対するメッセージは何かありませんか。
●実は、日本人に嫉妬しています。これほどのブロードバンドの普及は、米国にはないものです。また、テクノロジーもコミュニケーションツールもすばらしい。日本の人たちと一緒に何ができるか、世界規模で一緒に考えたいですね。互いに学ぶものも大きいと思います。企業側も、こうした草の根メディアの手法はビジネスとも共通する部分が多いので、共に成長できればいいですね。
――ありがとうございました。
ダン・ギルモア(Dan Gillmor)
1951年生まれ。バーモント大学卒業後、デトロイト・フリー・プレスやカンザスシティータイムズなどの新聞社で記者を務める。全米のさまざまなジャーナリズム賞を、個人および共同で受賞。1994年から2004年の間には、シリコンバレーを代表する新聞社、サンノゼ・マーキュリー・ニュースにてコラムニストを務め、99年には、同社が運営するサイトでブログを公開する。サンノゼ・マーキュリー・ニュースを退社後は、自ら草の根ジャーナリズムを実践するべく、2005年にベンチャー企業「グラスルーツ・メディア・インク」を設立。さらに、サンフランシスコを舞台とした、オンラインコミュニティー「ベイオスフィア」を立ち上げた。